平成31年2月20日午前9時頃に、F-2B戦闘機が山口県沖の日本海洋上に墜落しました。
当該事故は、前席操縦者の資格取得のための訓練で、1対1の対戦闘機戦闘訓練実施中の出来事です。
1400時間を超える操縦者が後席に同乗していましたが、事故を防ぐことは出来ませんでした。
両操縦者は無事に救出されていることが、不幸中の幸いと言えるでしょう。
空飛ぶたぬき自身はF-2に乗務したことはありませんが、元戦闘機乗りとして、感じたことを書いてみたいと思います。
事故発生に関する時系列
08時48分頃:3機編隊の2番機として対戦闘機戦闘訓練のため、築城飛行場を離陸
09時18分頃:救難信号確認
09時20分頃:レーダーからの機影消失確認
09時30分頃:第3救難区域航空救難発令
10時06分頃:芦屋救難隊所属のU-125Aにより浮舟×2を発見
10時12分頃:要救助者2名を発見
10時43分頃:芦屋救難隊所属のUH-60Jにより要救助者2名を収容完了
31年3月20日付航空幕僚監部発表の報道資料
救難信号が先?
ここで気になったことは、「救難信号確認」の後に「レーダーからの機影消失」したという事実でした。
戦闘機に搭載されている救難に関するシステムは、機体に搭載されている物と、操縦士が座っている射出座席に搭載されているものがあります。
- 機体搭載に搭載されている物
- ATCトランスポンダー:操縦士による手動または自動で4桁の緊急コード(7700)を発信
- 射出座席に搭載されているもの
- 捜索救難用無線機:手動による音声通話及び自動/手動による緊急信号(ビーコン)電波の発信
ここで、時系列にある救難信号確認の「救難信号」はいくつかの要素がありますが、
- ATCトランスポンダーの場合、これは通常「コード」という呼び方を使用します。
- 捜索救難用無線機の場合は、「救難信号」という呼び方を使用します。
となると、恐らく最初に「事故/異常事態/非常事態」であることを示す救難信号は、捜索救難用無線機から発信されたものではないかと推測できました。
ATCトランスポンダーの緊急コード
しかし、ここで疑問が生じます。
F-2に限らず、F-15等の戦闘機に搭載されているATCトランスポンダーは、民間の物とは仕様が異なります。
最も大きなものは、
「緊急脱出(ベイル・アウト)を行うと自動的に緊急コード(7700)が発信される。」
ということです。
さらに、捜索救難用無線機の場合も、民間で使用されているELT(Emergency Locator Transmitter:航空機用救命無線機)とは異なり、
「緊急脱出後は、自動的にサバイバルキットが展張され、同時に救難信号が発信される。」
という点です。
つまり、
- 緊急脱出(緊急コード発信)
- 射出座席展張(救難信号発信)
という順番になるはずです。
しかし、次の時系列を見ると納得しました。
信号確認から2分後には機影が消失しています。
通常、ATCトランスポンダーはレーダー上で識別される信号ですので、レーダースコープ上の画像更新が行われないと、緊急コードは認識されません。
もちろん、更新は数秒単位なのですが、ATCトランスポンダーは地上電波からの質問信号に応答する形で、コードを送信しています。
地表の障害物や機体姿勢等、色々な要素で(一時的に)識別されないこともありますので、恐らく緊急コードが識別できる頃には、救難信号が確認されたのでしょう。
無線通信はあったのか
恐らくなかったと断言できます。
というのは、航空自衛隊の戦闘機が行う訓練では、常にレーダーサイト(正確にはそれらを統合運用している警戒管制司令部)との無線通信を維持して行われます。
つまり、飛行場を離陸後は速やかに当該レーダーサイトと交信を確立して、空域へ向かい、訓練を行っている間は常に交信状態を維持するのです。
時系列には、無線交信について何も触れられていない。
もちろん、内容は秘に該当するのであれば、その部分は秘匿しますが、交信があったことは記載されます。
もし、機体に何らかの異常が発生して、さらには緊急脱出を行わなければならないと仮定した場合、行われる通信は次のとおりとなります。
- 機体が異常であるという内容
- 修復、回復を試みたが回復出来ないという内容
- 脱出するという意思を関連機関に伝える内容
- 脱出宣言(実際の脱出操作)
実際には、上記の4つの無線にさらに司令部や指揮所、同時在空している機体からも指示や助言が行われます。
非常に回りくどいかもしれませんが、機体異常の場合、なんとかして機体を持ち帰るために当該操縦者だけでなく、多くの機関、組織が協力を行います。
また、上記のような無線通信はそのまま救難関連機関にも伝えられ、脱出後の速やかな捜索救難につながります。
それが全く行われなかった。
つまり、「何も言わずに緊急脱出した。」というのは、
明らかに、寸刻を争うような急を要する事態だった。
といえるのです。
2月27日続報
対戦闘機戦闘訓練実施中、2番機(事故機)前席操縦者は、1番機の追尾を避けるため、エンジン出力を一旦絞って降下旋回を実施した。
2番機前席操縦者は、エンジン出力を絞ったまま下方から1番機に向けて急上昇機動を継続したところ、機体の速度が低下し、その直後に操縦不能状態に陥った。
後席操縦者は、前席操縦者に代わり回復操作を試みたものの、操縦不能状態は継続し、そのまま機体は高度を失い、脱出のための規定高度が近づいたため、緊急脱出操作を実施した。
操縦不能状態となる前に機体の異状を示す警報等は確認されていない。
平成31年2月27日付航空幕僚監部発表の報道資料
対戦闘機戦闘とは
簡単に言えば、「相手の後ろに入る」という機動の連続です。
戦闘機の飛行している経路/航跡には「WEZ(Weapon Employment Zone)」と呼ばれる、そこで武器等を発射すれば有効な打撃を与えられるという空間があります。
つまり、相手のWEZに入ることが出来れば、そこで終わったと言えます。
通常、同じような性能を持つ戦闘機同士の戦いというのは、操縦者の技量が同じであれば、決着はつきません。
言い換えると、「ミスをした方が負ける。」のです。
ここで、戦闘機戦闘というと、「旋回戦闘」が思い浮かぶかと思います。
アニメや漫画等では、旋回方向を切り替えしたり、極度な上昇や降下をして相手を翻弄する画面がありますが、現代の戦闘機戦闘ではありえません。
実際に旋回を切り返したら、その瞬間にWEZに入られて、負けてしまうでしょう。
何が言いたいかというと、「現代戦闘機の空中戦は、一度旋回戦闘に入ると、旋回方向は変わらない。」ということです。
つまり、「ずーーーーっと同じ方向に回る。」しかないのです。
それでも優位/不利が発生するのは、単なる水平旋回ではなく、上下(高度)も変化する旋回だからです。
上昇や降下を織り交ぜることにより、水平方向の旋回半径が変化します。
これを利用して、相手との交角や相対位置を変化させ、WEZへと向かうのです。
これは相手を追うときだけでなく、相手から逃げる時も同じです。
続報にある、「追尾を避けるため~」は理にかなった機動といえます。
エンジン出力を絞る意味
事故機は、事故の直前にエンジン出力を絞っており、これが後に行われる急上昇での速度低下の原因とも言えます。
では、この判断/操作は不適合なのでしょうか。
答えは「NO」です。
前述の通り、旋回戦闘は上下も含めた3次元機動です。
これは単なる機動面の確保(旋回面の変化)を狙うだけでなく、エネルギーマネージメントも含んでいます。
つまり、(エンジン出力一定で)上昇すれば速度は下がり、降下すれば速度は上がるという、当たり前の理論です。
戦闘機が使用する速度(あえて戦闘速度と言いましょう。)は、早ければ早いほど良い。・・・・・ということはありません。
旋回半径を表す公式は、
となっています。つまり速度が大きいほど旋回半径も大きくなるのです。
大きな旋回半径は、相手のWEZに入ることを困難にし、さらには自分のWEZに入られる可能性を持っています。
では、低速が良いかということそんなこともありません。逆に機動出来なくなるためです。
今回は回避のために高度を下げています。
つまり、速度エネルギーは増加しますので、そのままだと旋回半径は大きくなり、回避機動としては不利となりますので、エンジン出力を絞るのは理にかなった機動なのです。
また、近接戦闘で使用される赤外線ミサイルからの回避を考えても、出力を絞ることは熱源を小さくすることなので、赤外線ミサイルを発射させない操作とも言えます。
下方からの急上昇
回避操作を行って、相手がWEZに入ることを阻止することができたならば、次は「等位(優劣がついていない引き分けの状態)」に持って行くことが重要です。
え?「優位」じゃないの?と思われたかもしれませんが、一旦「劣位」になってしまうと、「優位」に持って行くのは並大抵のことではありません。
「等位」に持って行くことが出来れば、戦域離脱(Bug Out)することもできます。
戦闘機の戦闘は、「相手を落とす(撃墜)ことではなく、相手の装備(武器や燃料等)を消耗させて、以降の作戦行動が出来ないようにする。」のが最重要課題です。
つまり、「落とさなくても良い。」のです。
下方に降下したということは、エネルギー理論で言うと不利になります。
これは、より上方に占位する方が、エネルギーに余裕が出るからです。つまり、高度エネルギーを速度エネルギーに変える余地を持っている事になります。
「等位」に持って行くには、少なくとも相手と同じ高度帯に戻る必要があり、そのための「急上昇」だと言えます。
しかし、高度エネルギーのない状態(低高度)から上昇するには、エネルギーの補給が必要になってきます。
A/B(アフターバーナー)の致命的な欠点
これは推測ですが、事故機が急上昇したときにエンジン出力を最大位置にしたでしょう。
戦闘機のエンジンは、通常燃焼しているタービン以降の排気に対して、さらに燃料を噴射して出力を得る、A/B(アフターバーナー)と呼ばれる機能がついています。
これは、エンジンのコンプレッサーを回す動力として使用されるタービンを回すことなく、直接高温高圧力の燃焼ガスを生成するため、非常に大きな推力を出すことが出来ます。
ただし、致命的な欠点があるのです。
A/Bを点火しても、すぐに最大出力にはならない。
という点です。
えええええ????と思った方もいるかと思いますが、事実F-15であっても、アイドル推力位置から、フルA/Bにスロットルを進めても、最大出力になるのは14秒後です。
高高度戦闘機戦闘で音速に近い状態だと、全てのセグメント(A/Bを形成する燃料ノズル群:F-15は5段階)が着火しないこともあります。
※ 着火制御については、F100-PW-220、通称DEECエンジンでは解消されています。
つまり、「すぐに最大出力にはならない。」のです。
操縦士はこれから最大出力を要するのであれば、その瞬間ではなく、その4~5秒前にスロットルを最大位置にしておく必要があります。
さらに高いG(重力加速度)がかかるような機動の場合は、エンジン周りの空気の乱れが発生しやすいため、完全に全てのA/Bに着火している状態になってから機動を開始する必要があります。
かなりの先行性(相手も自分も含めた機動予測)が必要となるのです。
戦闘機操縦者として、このあたりが最も難しく、ある意味身体で覚えるような要素と言えます。
スロットル操作だけではない
実際に戦闘機動を行っている操縦士は、機体の計器板を見ている暇はありません。
では、どうやって自機の諸元を見ているかと言うと・・
- 機体の振動や操縦桿の動きに対する機体レスポンス
- 相手や水平線に対する自機の位置(相対位置や自機の姿勢)
- スロットの開度(手の位置)
- 風切り音や機体の音、エンジン音など
などなど・・・およそ本当かと思われるような要素で判断しています。
眼は常に相手を見ていますので、そこから眼を離すことは出来ません。
私が所属していた部隊では次のような言葉があります。
Loose Sight, Loose Fight.(目視を失う事は、戦闘を失う。)
つまり、どのような状況下であっても、相手を見失う(Lostする。)ことは、戦闘機乗りとして非常に恥ずべき事なのです。
対戦闘機戦闘とは、
相手を視認しつつ、最適なタイミングを計り、相手にとって不利な、しかし自機にとっては有利な機動を描きつつ、それを実現できるだけのエンジン出力を常に先行的に選択する。(そして必要に応じて武器を選択して・・・)
言えば、それだけのことですが非常に難しく奥深いものなのです。
操縦不能状態
恐らく、スロットル操作は行ったでしょう。そして機動も決して悪くなかったと思います。
それは、「後席操縦者がオーバーライド」していないから。
どこか不安要素があれば、後席操縦者が操縦を変わっていたはずです。
そういった意味では間違っていなかったといえますが、一点「機体にエネルギーがあったのか。」だけは分かりません。
この場合、上昇していますから高度エネルギーはロスしている状態で、エンジン出力に頼るしかありません。
速度エネルギーをエンジンで得ている状態です。
しかし、そのエネルギーが足りない場合は、自分の意図する機動はできません。
さらには、「自分の意図と異なる動き=操縦不能状態」へと近づきます。
現代の戦闘機は、その操縦系統のほとんどにコンピューターによる制御が行われています。
人間の予測できない、また空力的に操作できない領域でも機体を安全にかつ適切に制御する機能が組み込まれています。
ただし、これは「普通に飛行している時」であって、戦闘機動のような不規則で急激な機動ではその全てを網羅していることはないでしょう。
しかし、一時的に操縦不能になったとしても、速度エネルギーがあれば復帰することが出来ます。
そのためには適切なエンジン出力か、高度エネルギーを変換するか(降下する。)・・・
そして回復までの(戦闘機乗りにとって非常に長い数秒から10数秒の)時間が必要となります。
デッキ高度からの脱出
デッキ(Deck)とは、通常デッキ高度と呼ばれています。
これは、対戦闘機戦闘等で設定される最低安全高度です。
機種や部隊によっても異なりますが、通常10,000ft(3,000m)です。
とても高いと感じるかもしれませんが、戦闘機の戦闘速度は概ね400kt前後です。
状況にもよりますが、400ktで10,000ftを飛行すると、14秒ちょっとです。
つまり、戦闘速度で90°の急降下を行うと、14秒で地面に激突します。
射出座席を操作して完全な状態で射出を完了するまで数秒を要しますし、さらにサバイバルキットの展張等も含めるとさらに時間が必要です。
つまり、この10,000ftという高度は、「何かあった時に、判断・操作して安全に脱出できる高度」と考えることが出来ます。
今回の事故では、「脱出のための規定高度が近づいたため、緊急脱出操作を実施した。」とあります。
これはとても正しい判断です。
同じ内容で恐縮ですが、私の所属部隊では
「脱出を躊躇するな」
という格言があり、毎週月曜日の朝、全員で復唱していました。
地面が市街地であったり、人が存在する所であれば、脱出も躊躇したかもしれません。(T-33A入間川墜落事故)
しかし、今回は洋上で訓練空域です。
脱出を躊躇する必要はなく、むしろ「よく脱出した。」と私は感じています。
操縦士の処遇
よく聞かれますので書きますが、今回の事故に際して操縦士が不利な事になることはありません。
少なくとも、自衛隊内部では事故調査委員会が組織され、「事故原因の探求」と「再発防止策」が策定され、当該操縦者は必要に応じて再教育、再訓練を行って復帰するでしょう。
ただ、一点気になるのは後席操縦者の腰椎です。
緊急脱出は、瞬間的とはいえ14~16Gかかると言われ、さらに異常な姿勢からの脱出は横方向からのGもかかると言われています。
頸椎や腰椎にかかる負担は非常に大きく、今後の回復を祈念したいところです。
失速なのか
多くのDMをいただきましたが、結論から言うと失速とは異なると思っています。
もちろん、翼が揚力を失って操縦不能という考えはありますが、そもそも現代の戦闘機には失速という概念がほとんどないのです。
単純に翼の迎え角(AOA:Angle of Attack)が規定値を超えた事を失速と呼んでいるくらいです。
そのような状態でも、コントローラブル(制御できる)飛行が可能です。
F-2はF-15よりもさらに高度な制御が行われています。
スピン等に入っても手を離せば回復するとか、私も聞いたことがありますが、実際に操作していないので詳細はわかりません。
どんなに高度な制御を行っていても、操縦不能になることはある。
ほんの僅かな制御の隙間に陥ることはあると思っています。
ひょっとしたら、ある程度の時間をおけば回復したかもしれません。
でも、そこでデッキ高度を切ることは許されないですし、それは決してやってはいけないと思います。
まず、生き残ること。
戦闘機操縦者として、最も基本となる能力だと思っています。
操縦士に敬意を
新聞や雑誌では、「操縦者のミス」、「後席教官の判断不良」とか書いている物もあるようです。
しかし、私はそうは思いません。
もちろん、私が元航空自衛隊の戦闘機操縦者だったことでひいき目に見ている点はあるかと思います。
しかし、「アンコントロール」という極限状態で、正しい判断と操作でベイル・アウトして生還した2名の操縦士は素晴らしいと思っています。
藻掻くという行動に出なかったこと。そこを賞賛したいと思います。
もちろん、失ったF-2は戻ってはきません。
しかし、今回の事故で得た教訓、当事者の経験は何物にも代えがたい。
是非元気に復帰して、続く者達へ語り継いでもらいたいと思っています。
一日も早く、空へ復帰されんことを祈念して。
とりとめもなく書きましたので、読みにくい点が多いかもしれません。この場にてお詫びいたします。
なお、一般マスコミ等の情報やネットでの考察等は思想等に偏りがあるかもしれないと判断して、航空幕僚監部の報道資料のみを考察に使用しました。
本文については、空飛ぶたぬきの推測・考察が含まれております。
ご無沙汰してます。
三ノ宮(2/16)でのお話しから、自分が無意識に、戦闘機操縦者に近づこうとした結果の 『bike life』 を選択していた事に、今さらながら気付かせて戴き、深いモノが有ります。ありがとうございます。
旋回半径と速度の相関や、それに伴うバンク(roll)角(残念ながら、タイヤにはgripの限界が有ります。)など、bikeとgliderに『楽しい、紛らわしさ』を感じさせて戴き、深い感謝を禁じ得ません。ありがとうございます。
東急ハンズ三宮店での講演会に参加いただきありがとうございます。
なかなか分かりにくい空の世界、しかも戦闘機の世界というのは閉鎖的で分かりにくいですね。
少しでも読んでいただける方の理解に努めて参ります。
コメントありがとうございます<(_ _)>