沖縄タイムスの記事で、「嘉手納F15が異常接近 空中でエアブレーキ 識者「あり得ない」」というものがありました。
(当該記事は、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180321-00225899-okinawat-oki にて閲覧可能です。)
Twitterを通して、認識が異なる点について書かせていただき、さらに「空飛ぶたぬきの航空よもやま話第27話」にて、簡単に解説させていただきました。
Twitterでは、F-15のスピード・ブレーキについての利用法や考え方について書いておりますが、空飛ぶたぬきが気になったのは、こういった報道を真に受ける方が少なからず存在しているという現実です。
ちょっと気になったので、まずはスピード・ブレーキのお話と、今回の報道に関して気になることを書いてみます。
戦闘機のスピード・ブレーキ
通常、というかほとんどの戦闘機には、スピード・ブレーキ(以下、「S/B」と記載)が搭載されています。
これは、機体の抵抗をわざと大きくするという目的で付けられています。
本来であれば、空中を飛行する飛行機であれば、空気抵抗は少ない方が良いはずなのです。
さて、S/Bはいつ利用されるのでしょうか。
- 着陸時
- 減速時
簡単に言うとこの二つになります。
着陸時のS/B
航空機が着陸する際には、できる限り低速であることが望ましいと言われます。
それは、接地後の制動距離を少なくすること、接地時に主脚にかかる荷重を少なくすること等が理由として上げられます。
しかし、飛行機である以上、翼で揚力を得て飛行していますので、低速にするには限界があります。
(限界を超えると、揚力が急激に減少し、機体重量を支えられなくなる=失速という状態に陥ります。)
一般的には、着陸時の最終進入速度は、1.3Vs(Vsは失速速度)と言われており、ぎりぎりまで速度を落とすことが要求されているのです。
そのために、高揚力装置(フラップ)と呼ばれる、翼型を変化させて、高い揚力(係数)を得られるようにしたります。
では、S/Bは揚力に関係あるのでしょうか。
答えは「No」です。
特に戦闘機に至っては、揚力とは関係ない所で利用されます。それは、エンジンの出力制御という点です。
通常、飛行機は低速になるに従って、エンジン出力を絞っていきますが、ある速度を境に、エンジン出力を増加させる必要が出てきます。
その切り替わり点を「バックサイド」と言いますが、バックサイドに入ると、低速にするに従ってエンジン出力は増していく。
つまり、着陸時にはエンジンを絞るのではなく、出力を出している状態になっています。
これは、翼(機体)の空力特性からそうなるのですが、さらにS/Bを開くことにより、必要なエンジン出力は増加します。
簡単に言うと、「高いエンジン出力で着陸進入するためにS/Bを利用している。」のです。
これは、着陸復行(Go Arund)や連続離着陸(Touch and Go)において、すぐに離陸最大出力にしなければならない必要性から来ています。
F-15であっても、IDLE出力から最大出力まで、約14秒かかると言われています。
着陸復行で14秒も待ってられない・・では、最初から高い出力で着陸進入しようという考えなのです。
もちろん、訓練の課目として「No Speed Brake Landing(S/Bを使用しない着陸方法)」があり、パイロットは訓練していますが、これは「S/Bが故障したときの為」に訓練しているだけで、本来の着陸ではS/Bを使用すべきなのです。
減速時のS/B
S/Bは、空気抵抗を増やすためのものですから、空中で使用することによって、速度を減じることが出来ます。
わざわざS/Bを使用するより、スロットルを絞れば良いじゃ無いか。と思われるかもしれませんが、スロットル操作(エンジン出力を絞る)では、急激な減速を得ることはできません。
同じような例として、船がエンジンを切っても惰性で航行出来るのと一緒なのです。
では、どういったタイミングでS/Bで減速するのでしょうか。
通常では、着陸パターン進入時の減速や、編隊飛行にて使用されています。
特に編隊飛行では、低速から高速、場合によっては音速を超える状態で飛行しつつ、編隊隊形を維持しなければなりません。
状況によっては、一度解散した編隊を再度組み直すことも日常茶飯事です。
そして、それらはできるだけ迅速に行う必要があります。
ですので、編隊飛行における空中集合では、「高い接近率(高速)で飛行して、隊形に復する直前で長機に合わせ減速する。」という技術が要求され、S/Bの出番となります。
冒頭の記事では、恐らく空中集合(直線集合)の際に、後方の機体が使用したのではないかと推測しています。
異常接近なのか
これは、もう今更ですが、異常接近ではないと断言します。
編隊飛行を常に行う戦闘機操縦者は、自分の機体を数センチというレベルで制御が出来ます。
言い換えれば、長機との感覚を20cmとか30cmとかいうレベルで維持して飛行出来ます。
空中集合するのですから、接近しないと話になりません。
掲載されている写真も、望遠レンズの圧縮効果で近く見えるだけで、「それぞれの機体の翼端幅」を見れば、全く異なる距離なのは分かるかと思います。
異常接近とは、「意図しない範囲で、航空機同士が接近する。」ことであり、「意図的に接近」するのは全く違うことなのです。
今回の報道で
ネットを通じて色々な情報を得られる社会です。
私のフォロアーさんは、ネットやそれ以外の情報源を通じて、各種の情報を得て、「物事の真偽」を模索していると思います。
私は、そういった皆さんは心配ないと思っています。
しかし、広い世の中には、「新聞しか見ていない人」や、「テレビしか見ない人」もいると思います。
そういった方にとっては、今回の沖縄タイムスの記事を「全て正しい」こととして記憶するでしょう。
情報源の少ない人ほど、「最初に与えられた情報を信じ込んでしまう。」と言われています。
皆さんの周りにもそういった方がいるかもしれません。
自ら出向いて指導しろとは言いません。
でも、せめて皆さん自身は、多くの情報に惑わされずに、逆に多くの情報から真実を見いだして欲しい。
そんな事を考えています。
蛇足:私も思い込みが激しいときもあるので、常に反復と反省の日々です。(^^ゞ