2016年12月10日、沖縄本島と宮古島間を通過した中国軍機に自衛隊機が「妨害弾」を発射したとする中国側の発表がありました。
空飛ぶたぬきは中国語を読むことができませんので、基本ソースは解読できませんが、一連のニュースや報道、防衛省の回答から、見えない上空で何が起きたのかについて、考えてみたいと思います。
そもそもどこを飛行したのか
防衛省の発表によると、沖縄本島と宮古島の間とされています。
(防衛省発表はこちらhttp://www.mod.go.jp/j/press/news/2016/12/11a.html)
そこは日本の領空ではないかと思われますが、領空は領海の直上なので、海岸線から12nm(約22km)の範囲でしかありません。
そのため、日本という島国では、普段、自分のものと思っている空間が国際的には公海、公空であることが多いのです。
今回の中国軍の飛行も国際法上の公空、つまり、だれでも飛行できる空間でした。
なぜスクランブル発進が行われたのか
スクランブル、正式には対領空侵犯措置といいますが、これは彼我不明機(Un Known)を確認し、必要に応じて確認、助言、誘導、着陸させる措置です。
言い方を変えれば、「彼我不明」でなければ、対領空侵犯措置が行われることはない。ということです。
勘違いされている方がいらっしゃいますが、中国だからスクランブルするということではありません。日本でもアメリカでも「彼我不明」であればスクランブルの対象になるということです。
通常、航空機は飛行計画書(フライト・プラン)と呼ばれるものに、出発地や目的地、機種や機数、経路とその通過時刻などを記載して、承認を得た後飛行することができます。
彼我不明機とは、「フライト・プラン」に現存しない航空機であることが挙げられます。
領空と防空識別圏
今回の中国軍の飛行経路は、領空に入らない公空を飛行しています。
では、なぜスクランブルが発令されたのでしょうか。
日本には(その他諸外国にも)、防空識別圏(ADIZ:Air Defense Identification Zone)と呼ばれる、自衛隊の防空用レーダーによる航空機識別を行う空間があります。
ADIZは外側(Outer ADIZ)と内側(Inner ADIZ)があり、それに囲まれる範囲です。

通常、日本の領空に進入しようとする航空機がある場合、領空よりも先にOuter ADIZに進入することになりますが、防衛省ではその段階で、フライト・プランと照合を行います。
この時、該当する機体が存在しない場合があり、この場合は彼我不明機という扱いになり、スクランブルの対象となります。
ADIZは、ICAO(国際民間航空機関)が定める飛行情報区(FIR)とは異なり、各国独自に設定され、その範囲内を飛行するまたは通過する航空機は、事前に通報し、承認を得る必要があります。
通報は、フライト・プランによって行いますので、どこの国でも、軍用機でも民間機でも、きちんと手続きを踏めば、日本の領空に近づく、入ることは可能なのです。
また、防空識別圏はあくまでも「防空」のための識別圏ですので、近隣の諸外国と重なる部分があることは普通となっています。
スクランブルの位置づけ
いろいろな方とお話をしますが、「対領空侵犯措置」は「相手を追い払うための緊急発進」という理解をされている方がとても多いのです。
じつは、主目的は別の所にあります。
「彼我不明機に対して、要撃機による目視確認を行う」事です。
言い換えれば、機位不明(ロスト・ポジション:Lost position)になり、ADIZに入った場合でも、スクランブルは発令されますし、すでに飛行計画を提出したが、機体の異常等で近隣の空港への誘導を依頼した場合や不当妨害(ハイ・ジャック)を受けている航空機なども、スクランブルの対象です。
「目視確認」が第一であり、はじめから追い払いに行くという意図は持っていない。ということが、とても重要なのです。
今回のスクランブル目的と根拠
ADIZに進入する時よりも、はるかに以前からレーダーによる確認、追尾を行うことは可能です。つまり「どこから離陸したのか。」については情報として得ています。(ただし、防空用レーダーの写る範囲に限られます。)
このことから、今回のスクランブル発令の根拠は以下の3点が考えられます。
- フライトプランが提出されていない状態での飛行
- フライトプランは提出されたが、軍用機である。
- 日本の狭い公空(今回の場合、沖縄本島と宮古島間)を飛行する。
このように考えると、今回のスクランブルは「目視確認」という主目的はもちろんですが、「行動の監視」という側面もあるのではないかと考えています。
中国側の意図
Su-30戦闘機2機、H-6爆撃機2機、Tu-154情報収集機1機、Y-8情報収集機1機
上記は今回の中国軍の編隊構成ですが、これを見て感じることは、「通常一般の対地爆撃編隊の構成」に非常に似ているということです。
通常、対地爆撃を行う際の編隊構成を考えてみると
- 先遣戦闘機(2~4機):FI(Fighter Interceptor)爆撃機が飛行する経路上の敵対勢力の排除
- 爆撃機(1~4機):BまたはFB(BomberまたはFighter Bomber)主目的である爆撃
- 護衛機(2~4機):EF(Escort Fighter)爆撃機の護衛(直衛編隊)
- 戦果確認機(1機):RF(Recon Fighter)爆撃結果の調査、撮影、報告(通常、偵察機が行う。)
これに、電子戦支援機や偵察機などが追加されていきます。
今回の中国軍の編隊構成は、やや機数は少ないながらも、よく似ている構成を取っており、何らかの実戦的な訓練の一環で飛行したと思われます。
また、12月10日は当該通過空域を担当としている、那覇基地の航空祭の日でもありました。
このことから、次のような意図が考えられます。
- 日本政府に対する、意図的な挑発
- 日本政府の対応確認
- 自衛隊の即応能力(特に那覇基地の動き)
- 今後の政治に利用できる外交カードの確保
特に3においては、那覇基地にF-15Jが2個飛行隊の編制となり、その能力を測る意図があると思っています。
さて、私は今まで各国の軍人や民間人の方とお会いしてきました。
そんな私から見た、中国人に対する個人的主観は、「自分自身のミスについては認めたがらないが、相手のミスについては、とことん追求し、代償を求める。」という国民性をもっていると、感じています。
これは別に、私自身が中国の方が嫌いというわけではありません。実際に中国人の友人も多数おりますし、その友人自身が自国の国民性を上記のように話しています。
以上のことを踏まえて、今回の中国軍機の行動や、政府対応を見ていると、中国の意図は一つに絞られます。
日本政府(自衛隊)の対処ミスを期待している
言い換えれば、「口実を探している。」とも言えると思っています。
妨害弾の発射について
「妨害弾」これが中国での報道で使用された言葉なのか、日本政府の発言なのか、それともマスコミの翻訳なのか、色々考えはありますが、とりあえず、「ミサイルではない。」とは解釈できます。
(もしミサイルや機銃であれば、そのまま報道されるはずです。)
多くの記事に記載があるとおり、妨害弾とは、チャフまたはフレアーのことだと思われます。
チャフはレーダーミサイルに、フレアーは赤外線ミサイルに対して使用する、空対空ミサイルの目を欺瞞するためのものです。
では、今回の事例ではどちらが使用されたのでしょう。
ほぼ間違いなく「フレアー」だと思われます。
チャフはレーダーミサイルの目をごまかすため、レーダー電波を反射しやすい素材(アルミニウム等)の薄膜を空中に射出するものですが、一つ一つの薄膜は非常に小さいのです。このため、目視することはかなり困難です。(まれに太陽光が反射してキラキラすることもありますが。)
これに対して、フレアーは赤外線ミサイルの熱源探知機能を欺瞞するため、機体のエンジン熱源と近似した熱量をもつ花火のようなものを射出するものです。このため、肉眼でもかなりはっきりと見ることができます。
フレアーが与える脅威とは
妨害弾によって、中国軍機は機体およびその乗員に危害を与えたとありますが、それはあり得ません。
私に言わせると、どうやってチャフやフレアーで相手に損害を与えるのか、逆にその方法を聞きたいくらいです。
フレアーは花火ですので、非常に高い熱量をもちますが、その燃焼時間はとても短く数秒から10数秒です。
今回のスクランブルは、F-15Jが対応していますので、チャフおよびフレアーの発射装置は、左右のエア・インテーク下部にある、ALE-45からになります。
つまり、「機体の下方」に発射することになります。
後方ならまだしも、下方に発射、しかも数秒で燃え尽きるものを、相手に当てるというのは・・・・無理かと。
上空で何が起きたのか
チャフもフレアーも共通することがあります。
ミサイルを発射する直前、または発射した後でなければ効果がない。
という点です。
これは、ミサイルは発射(母機から離れること)までは、機体側から各種の情報を得ています。
言い換えれば、人間の操作や判断がミサイルにも伝えられている状態ですので、この時点で欺瞞しようとしても無理があります。
また、チャフもフレアーも効果があるのは数秒から10数秒でしかありませんので、あまりにも早く射出しても無駄になります。
ということは、今回の事例では「ミサイルが発射されるかもしれないという明確な根拠」があった。と言えると思います。
- 相手が戦闘行動・機動を行った。
- 自機の後方(赤外線ミサイルは相手機の後方が有利)に入ろうとしてきた。
- レーダーによる追尾モード電波を探知した。(一般的にロックオンと言います。)
- レーダーによる発射モード電波を探知した。
考えられるのは上記の4つですが、4の場合は実際に発射された後ですので今回は除きます。
「自衛隊機の方が、相手(中国軍)が勘違いするような機動を行った。」とする説もあるようですが、これはあり得ないと断言できます。
「要撃機による要撃行動(すなわちスクランブル)」は、ICAOでその行動基準が設けられており、かつ前述のようにスクランブルの基本目的は「彼我不明機の目視確認」です。
さらに言えば、自衛隊側は、「通常飛行できる公空を飛行している航空機」に対して、何かできる立場ではないのですし、「もし、相手が何かしてきた」のであれば、対抗処置をとっても良いという立場です。
ですので、航空自衛隊のF-15Jは、ICAOの基準および方式に従い、中国軍機の最後方の機体に対して目視確認のための位置(通常、左側方でやや後退した位置)に占位して、それから徐々に前方機の確認に向かったと推測されます。
そして、どのタイミングかは分かりませんが、前方の機体確認を行っている際に、機体の後方から何らかの危機を感知した。
このように考えるのが自然です。
蛇足ですが、「対領空侵犯措置の行動中、相手機の前方を横切ることはありません。」ので、中国軍機の間に入ったとされる説は絶対にないと言い切れます。
そのときパイロットは
脅威を感じた。
この一言でしょうね。
F-15Jには各種のセンサーや防御装置、探知装置が搭載されていますが、それらを総合的に利用しつつ、パイロットの目視および状況判断で、「危ない」と感じたのでしょう。
みなさんご存じの通り、自衛隊は「絶対に先に撃つことはありません。」
先手必勝という言葉がありますが、自衛隊にはその手はない。専守防衛です。
もし、万が一、対領空侵犯措置中に編隊長(一番機)が撃ち落とされた場合でも、一緒に行動している僚機(二番機)は、その場を離脱し、まず政治的な判断を仰ぐでしょう。
そう、つまり全力で逃げるしか手はないのです。
つまり、今回のフレアー発射の事象は、自衛隊ならでは対応でもあると言えます。
では、中国国防省の発表は嘘なのか
中国国防省は、
「飛行の際に自衛隊のF-15戦闘機2機が、中国軍機に接近して妨害弾を発射し、中国軍機と搭乗員の安全に危害を加えた。」
と発表したそうです。(原文解読できないため、読売新聞より抜粋)
さて、これを全部嘘と言い切ってしまうのは簡単ですが、ちょっと私が考えた文章は次の通りです。
「飛行の際に自衛隊のF-15戦闘機2機が、中国軍機(が威嚇行動のため)に接近して(いた所、それらを)妨害(する)弾を発射し、中国軍機(の行動)と搭乗員の安全に危害を加えた。」
と解釈すると、確かに嘘は言っていないかもしれません。
でも、搭乗員の安全に危害を加えることは、今までの説明で不可能と思っています。
最後に
ICAOの国際民間航空条約第2付属書にある「戦闘機による要撃を受けた場合の措置」にはこうあります。
「自機が要撃の対象となった場合、進路および速度、高度を維持し、該当する無線通信を聴取、必要に応じて要撃機の機体信号や無線電話による指示に従う。(要約)」
さて、今回の事例、どちらが悪いとかいう点はさておき、正しい行動をしたのはどちらなのでしょうか。
※ 本記事は、空飛ぶたぬきが独自で各種の情報を調査して、自己の知識と経験を元に作成したものです。このため、各種報道機関や防衛省、中国国防省等との関係はありません。あくまで個人の推測によることを明示いたします。